田中先生へ

 田中先生へ。
 先生の仰ったとおり、私は人と関わるのが下手のようです。


 「お前は、上期に何か立案企画したり、成果物をつくったりしたか?してないだろ!!」
 この課長の一言で、面談は大人同士の大喧嘩へと発展しました。


 上期の評価は、部内最低の評価。
 ボーナスはベース給以外全額カットという有様で、大変ショックを受けました。
 「せめて、あと1点加点してくれたら、通常の賞与になったのに何故!」
 そんな感情に押し流されて、結果としては大喧嘩になったのです。


 夜10時。
 家に帰ってからも釈然としません。
 仮にも定年間近な上司を怒鳴りつけたことを、今になって後悔したのです。

 「俺が悪かったのだから、早く謝ろう」

 そう思い立った瞬間、家を飛び出し会社へ戻っていました。


 夜11時。
 パソコンを開き、日頃は使う機会がない文才を発揮して、謝罪のメールを書きました。
 「挑発的な態度に出たこと」
 「最終的には、大風呂敷を広げて課題設定をしたこと」
 そんなことを書いていたら、終電を逃してしまいました。


 夜1時。
 職場近くの、唯一のホテルに飛び込みで入りました。
 タクシーでクレジットカードが使えるとは知らず、ホテルを選んだのです。


 高級ホテルというのは、ヤクザみたいなものなのですね。
 「シングルはありません。ツインでしたらご用意いたします」
 足元を見て、通常の2倍の料金を吹っ掛けてきました。
 後で同期へ、事の次第を話した際「それは足元見られたなw」と笑われたくらい、酷い料金でした。


 すぐさまベットに入るも、寂しさがこみ上げてきます。
 「なんで毎回、上司と反目するのだろうか」
 「理性が働かないのは何故か」
 「一泊13,000円とは・・・一か月分の生活費じゃないか」
 いろいろ考えて
 「でも、自分は一人になったら誰にも頼る人なんていないのだな」
 そう考え始めたら、自分の人生なんてどうでもよくなってきました。


 翌朝7時。
 ホテルを出て、今後どうしたらいいのか考えました。
 「上司に謝ろう」
 「謝って済む問題ではないが、ともかく謝ることから始めよう」
 出勤してきた上司に「お願いです!5分だけ時間を頂戴させてください!」と頭を下げました。


 上司は、その晩に書いたメールに満足しているようでした。
 「君がよく、俺の言ったことを理解してくれたんだと思うと嬉しくなった」
 「送信時間が深夜0時になってるが・・・まさか会社に来たんじゃないだろうな?」
 終電を逃してホテルに泊まったことを話すと
 「あかんやないか、何を馬鹿なことをするんや!」
 上司は、初めて私の肩を叩いてくれました。
 上司は元々、営業畑の方ですので、自然とスキンシップが出たのだと思います。


 「もう心配するな。俺が何とかしてやる。」
 昨日はお互い敬語で話していた上司も、ようやく上司らしい言葉で対応してくれました。


 営業畑の方には、表の顔と、裏の顔があるものです。
 腸は煮えくり返るほど、私のことを憎んでいるかもしれません。
 しかしながら、「早く謝ろう」と思ったその行動が、事態収束に役立ちました。


 先生は以前、こんな事を仰っておられましたね。
 「Futabaさんは、すぐに人へ謝ることが出来るから凄い」
 「普通ね、大人の男というのは謝らないんだよ」
 「君の特技なんだろうな。社会に出ても役に立つからね、それは」


 田中先生。
 もしご存命であられたならば、どんなアドバイスを頂けたことかと、思われて仕方ありません。
 先生、不出来な生徒で申し訳ありません。