黒衣の少女

 隣の席に、美しい少女が座っている。


 小さな手に収まりきらぬ分厚い本を片手に、
 その少女は全身を黒に染めるが如く、サテンの黒衣を身に纏う。


 その顔を覗こうとしても、肩が隠れるまでの黒髪に遮られ、
 横顔にただ、静かな口先が隠れるのみ。


 これもまた黒き重厚な装丁が施され、細い指に覆われた本をかろうじて覗くと
 そこに「マタイ」の文字が見える。
 そう、この少女は聖書を読んでいるのである。


 私は若干の驚きを覚えるも、悟られまいとピアフを聴きながら言語学の本を読む。
 読む。
 が、読めない。
 目が文字を追うのみ、である。
 どうも隣の少女が気になって仕方がない。


 その時である。
 ふと、互いの目が合った。
 奇跡とも言うべき瞬間、喜ぶ間もなく、私は呆気に取られてしまった。


 怒りと悲しみを一緒にした目。
 28年の人生の中で、私はここまで複雑な目を見たことがあっただろうか。
 なんという目をしているのか。
 いや、この少女は、私を見ているのではない。
 少女自身を見ているのだ。


 はっと気がついたときには、もはや少女は私の後ろにいた。
 少女は凛とした顔を崩さず、聖書を片手に列車を降りる。
 「ときに幻想は、現実に現れる」
 そんな気持ちを押さえ、冷えたビールをともかく飲む。


 酔い始めた私は、一人静かに下らぬ現実へと戻ることとした。



 (・∀・)とまあ、新幹線で面白い経験をしたわけでありまして
 (・∀・)今時、画に描いたような敬虔なる信徒っているものなのですね